大手広告会社の女性の新入社員がうつ病を発症した後、自殺し、労災が認められたニュースは記憶に新しい。
うつ病において最も自殺しやすい兆候の一つに焦燥感がある。
焦燥感とは、じっとしていられない、いてもたってもいられない、といった落ち着かない状態を指す。
うつ病が進行すると死にたいという気持ちを感じるようになる。これを希死念慮(きしねんりょ)と呼ぶ。
この希死念慮に先程の焦燥感が加わると自殺の具体的な方法を考え始め、最終的には死を選択してしまう。
周りからすれば、仕事を辞めれば死ぬ必要はなかったと感じるだろう。
しかし、自殺をする直前までは、退職するという選択肢は消えていたはずだ。
自分自身がどのくらい具合が悪いのかという病気の意識も消えていたかもしれない。
そして最期には、
仕事を続けるか。死ぬか。
その2択のみだったのだろう。
通院中の患者さんの話を伺っていると仕事を1番に優先し、健康は意識をしていない方が多い。
もちろん健康でありつづけることが1番なのは言うまでもない。
今の仕事と自分の健康をてんびんにかけ、健康が危ういと感じればその場から逃げる勇気が必要だ。
健康が危ういと感じられられなくても、長い時間一緒に過ごしていたご家族や友人の意見は参考にしたほうがいいかもしれない。
また同じ会社で健康より仕事を優先して、定年には大きなリターンを得るという終身雇用は終わりを迎えつつある。このためには雇用の流動性を活発にする必要がある。
解雇規制を緩和し、転職も容易に行えるような状態が同時に必須だが、まだ当分時間はかかるだろう。
さらに2016年10月15日号のEconomist誌にもあるように、日本は労働能率の悪い国だ。
1時間における国民総生産(GDP)を比較するとアメリカは62ドルに対し、日本は39ドルと経済協力開発機構(OECD)加盟国のなかでは低い順位に入る。
労働能率の悪さを感じるのなら、その場から離れることも選択肢に入れたほうが良いかもしれない。
人には適材適所がある。向いていない仕事はあって当然だ。
物事に立ち向かうだけが勇気ではない。撤退も立派な勇気の一つなのだ。
精神科医の仕事は、患者さん自身の中で失われた選択肢を再び気づかせることだ。