自閉症を単一の疾患として扱うべきではない理由〜生物学的理解を深めることで、より良い介入が可能になります
自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder ; ASD)は、コミュニケーションの苦手さ、感覚の敏感さ、こだわり行動など、多くの特徴を含む発達特性です。
しかし近年、国内外の研究が進むにつれて、
「ASDという一つのラベルでは捉えきれない多様性がある」
「ASDは複数のタイプに分けて理解すべきではないか」
という新しい視点が注目されています。
この記事では、The Economist(2025年12月)で紹介された最新研究をもとに、「ASDを単一の病態として扱わない理由」について、精神科医の視点でわかりやすく解説します。
■ ASDの“増加”は本当なのか?原因は?
アメリカでは8歳児1000人のうち32人がASDとされ、1960年代と比べると大幅に増加したように見えます。
しかし、医学的には以下が主な理由と考えられています。
・診断基準の拡大
・社会的認知の高まり
・早期スクリーニング技術の進歩
■ ASDの本質は「脳の発達の違い」
80%以上は遺伝要因が関与
自閉スペクトラム症は、胎児期からの脳の発達の違いにより生じます。
研究では、ASDの 遺伝的要因は80%以上とされ、数百種類の遺伝子や数千以上のバリアント(遺伝子の多様性)が関与すると推定されています。
■ 2つの遺伝パターン
1. 高インパクト変異(SHANK3など)
まれだが、単一遺伝子の異変で重度の発達遅滞を伴うこともある。
2. 一般的な遺伝子の“積み重ね”
親から受け継いだ小さな変異の組み合わせが一定量を超えるとASD特性として表れる。
■ ASDに関連する脳の領域
・扁桃体(不安・社会的理解)
・海馬(記憶)
・大脳皮質(感覚処理)
神経回路の接続の「過剰」または「不足」が特性に影響していると考えられています。
■ ASDは4つのタイプに分類できる?【最新研究】
プリンストン大学・Flatiron Instituteの研究では、約5,000名以上のデータ解析から
ASDが4つのタイプに分類できる**可能性が示されました。
① 重度タイプ(broadly affected)
・発達遅滞、社会コミュニケーション困難、不安、反復行動が強い
・まれな遺伝子変異を多く持つ傾向
② 中等度タイプ(moderate challenges)
・ASD特性はあるが、生活の自立は比較的保たれる
③ 混合タイプ(mixed)
・発達遅滞・社会的困難はあるが、不安や行動問題は少なめ
④ 社会/行動タイプ(social/behavioural)
・乳幼児期の発達はほぼ定型
・診断が遅くなりやすい
・ADHDやうつ病を併発しやすい
・遺伝子の活動時期が「出生後~思春期」に特徴あり
この研究は、ASDは単一の疾患ではなく、生物学的にも複数のサブタイプが存在する可能性を示しています。
■ 環境要因も「ゼロではない」
ワクチン説は科学的根拠が完全に否定されていますが、環境要因の研究は続いています。
候補として注目されているのは:
・妊娠中の母体の健康
・大気汚染・化学物質
・親の高年齢(卵子や精子の遺伝子変化)
・妊娠中のバルプロ酸曝露(確立された因子)
ただし、人間での因果関係を確定できた要因はまだ限られています。
■ ASDを理解するうえで大切なこと
支援の最適化には「細分化」が必要
ASDの特性は非常に幅広く、
同じ診断名でも必要な支援が大きく異なります。
そのため、今後は
* ADHDの併存傾向が強いタイプ
* 言語発達が遅れやすいタイプ
* 社会不安が強く出るタイプ
など、個別に特性を把握した上で支援や治療を考える必要があります。
ケアは決して「画一的」であってはならない
ASDの子どもや大人がより生きやすくなるために必要なのは:
* 学校や職場の環境調整
* 感覚過敏への配慮
* 得意領域の尊重
* 家族へのサポート
* 必要に応じた薬物療法(不安・興奮行動など)
ASDは個々の特性に合わせて支援を組み立てる考え方が重要です。
■ まとめ
ASDは単一の病気ではなく、多様性のある“神経発達のプロファイル”
・ASDの増加は診断の精緻化によるものが大きい
・遺伝要因は強いが、数百の遺伝子が関与し「一つの病態」では説明不能
・最新研究ではASDを4つのタイプに分類できる可能性
・今後の支援や治療は「個別化」へ向かう
・環境改善と早期の心理・発達支援が重要
ASDに対する理解が深まれば、子どもも大人も、より自分らしく安心して生きられる社会に近づきます。
参考
Why autism should not be treated as a single condition The Economist(2025年12月)