双極症の新しい中枢 ― 視床傍室核(PVT)から考える最新脳科学

双極症の新しい中枢 ― 視床傍室核(PVT)から考える最新脳科学

精神科医として日々診療をしていると、双極症(双極性障害)の患者さんから

「なぜこんなに気分が急に変わるのか」

「薬を飲んでいても波が出るのはなぜか」

といった疑問をよく伺います。

近年、こうした臨床的な疑問に対し、脳科学の側から重要なヒントを与える研究が発表されました。

今回は、双極症(bipolar disorder)と視床傍室核(Paraventricular Thalamic Nucleus:PVT)に注目した最新研究を解説します。

双極症は「気分の病気」だけではない

双極症は、躁状態とうつ状態を繰り返す疾患です。これまでの説明では、

・脳内神経伝達物質の異常

・前頭前野や辺縁系の機能低下

・遺伝的要因

といった点が中心に語られてきました。もちろん、これらは現在も重要です。

しかし近年は、脳の深部構造、特に「視床」が気分障害に大きく関わる可能性が示唆されています。

視床と視床傍室核(PVT)の役割

視床は、感覚情報や情動情報を大脳皮質へ中継する“ハブ(中継点)”のような役割を担っています。

その中でも視床傍室核(PVT)は、

私たちがストレスを感じた時や、強い不安・恐怖を感じた時に活動します。

また、睡眠と覚醒の切り替えや、何かに注意を向けるといった「覚醒レベル」の調節にも関わっています。

PVTは、脳のさまざまな重要部位とつながっています。

・前頭前野: 思考や意思決定を行う場所。

・扁桃体: 恐怖や不安などの感情を司る場所。

・側坐核: 快感や報酬(やる気)を感じる場所。

・視床下部: 食欲、睡眠、ホルモンバランスを司る場所。

動物研究では、PVTが不安やストレスへの反応を調節していることが分かっていましたが、人間の双極症との関連は十分に解明されていませんでした。

単一核RNAシーケンス解析とは何か

今回の研究では、単一核RNAシーケンス解析という最先端の手法が用いられました。これは、脳組織を平均的に解析する従来法とは異なり、

1つ1つの細胞が、どの遺伝子をどの程度発現しているか?

を詳細に調べることができます。

この方法により、「どの脳領域の、どの細胞が、どのように障害されているのか」を極めて精密に把握することが可能になりました。

研究で明らかになった重要な事実

研究の結果、双極症の脳では以下の点が明らかになりました。

① 視床傍室核ニューロンの著明な減少

双極症の患者さんでは、PVTニューロンの数が約50%減少していました。これは他の脳領域と比べても際立った変化です。

② シナプス・イオンチャネル関連遺伝子の低下

PVTニューロンでは、

・神経同士の情報伝達(シナプス)

・興奮と抑制のバランスを保つイオンチャネル

に関わる遺伝子の働きが低下していました。

PVTがダメージを受けると、感情のブレーキやアクセルがうまく利かなくなり、躁状態やうつ状態といった激しい気分の変化につながる可能性があると考えられています。

③ ミクログリアとの相互作用の乱れ

さらに、PVTニューロンとミクログリア(脳と脊髄に常在する免疫細胞)との関係性も乱れていることが示されました。

これは単なる「炎症」の問題ではなく、脳内ネットワークの調整機構そのものが崩壊している可能性を示唆します。

精神科臨床から見た意味

この研究結果は、臨床においても非常に示唆的です。

・気分の波が心理的要因だけで説明できない理由

・睡眠リズムの乱れが再発の引き金になりやすい理由

・治療反応に個人差が大きい理由

これらは、視床傍室核という“気分と覚醒の中枢”の障害として理解すると、非常に整合的です。

今後の治療への期待

現時点で、PVTを直接標的とした治療は臨床応用されていません。

しかし、鍵となる遺伝子SHISA9、CACNA1C、KCNQ3 といった、

シナプス機能やイオンチャネルに関わる遺伝子が病態の中心的な役割を果たしていることが特定されました 。

これらの遺伝子やそのネットワークを正常化するような、これまでにないメカニズムを持つ新薬の開発につながる可能性があります 。

今回の研究は、双極症を

「視床を中心とした脳ネットワークの障害」

として捉える重要な手がかりを示しました。

私は診察中に”きっかけがない”のに気分の落ち込みや、逆に気分がハイになる訴えを患者さんからよく伺います。

気分の波が大きいと、お薬を調整する場合が多いのですが、これはPVTが関係していたのでしょうね!

今回の研究にて双極症の病理への理解が一層深まったと感じます。

双極症や気分の波でお悩みの方は、どうぞお気軽にご相談ください。

参考
Disturbances of paraventricular thalamic nucleus neurons in bipolar disorder revealed by single-nucleus analysis(nature communications)
双極症の原因脳部位として“視床室傍核”を同定(順天堂大学)

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